2016年12月19日月曜日

「逃げ恥」みくりの発言に触発され…

世間が盛り上がっているドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」。
あり得ない設定の恋愛ドラマで、あまり興味ないなぁと期待していなかったのですが、あまりに評判がいいので、最終回を前に初めてちゃんと見たところ……。
ガツンときました。すごいドラマだった!

ガッキー演じるみくりの発言。

それは、搾取です!

脱サラした私の課題感を端的にえぐってきます。

友だちだからといってタダでやってもらおうとする…やりがいの搾取。
婚姻関係を結んだら家事労働を無償のものと見なす…好きの搾取。

いい話で進みそうなところにひそむ小さな違和感に、ブツッと切り込んでくるあたり、鋭い。

大組織に雇用されている人には、それなりの金額の給料があって、でもそれとひきかえに自由の搾取があったりして……。
普通の主婦とか、クラウドソーシングのライターとか、搾取された状態が当然であるという感覚がまかり通っているように思える。

だから、片付けのプロとして活動できるライフオーガナイザーの資格を取ったあと、「私なんかがお金をいただいていいのかな?」というハードルが最初に必ずくる。
とくにライフオーガナイザーは主婦の人が多く、日々の家事を金銭に換算していたりしないから、なおさら。

ライフオーガナイザーの認定証とともに送られてきた課題のフィードバックに、
「自分の提供するサービスを適正な価格で世に提供することで、社会全体が良いものになっていきます。」
という言葉が重い。

お金をもらうことにつきまとう後ろめたさの正体って何?

友だちからはお金もらえない?
恋人からはお金もらえない?
そう思うのはなぜ?

お金をもらうのは、悪いこと?

経営者から支払われる給料ならもらいすぎて申し訳ないなんて滅多に思わない気がするけれど…。労働者という立場ならアリって思うのはなんで?
大量生産大量消費のシステムのなかならお金を支払われることに抵抗感がないのはなんで? 途上国の労働者からの搾取から成り立っている商品かもしれなくても。

シンプルに考えたら、お金は、役に立つ物事に対して支払われる対価。それ以上でも以下でもない。な
対価が支払われることで、その働きは持続可能になり、別の人たちへも提供可能になっていく。それだけのこと。
対価の設定は、提供する側が後ろめたさがなく、 生活が辛くならない金額ならそれが適正。
どんな立場の人でも対等に、お金を支払ってもらったり支払われたりすれば、格差問題は改善されるんじゃないかなって思います。
例えば、同じ会社の同じ部署で同じ内容の仕事をしているのに、正規雇用と非正規雇用の労働者の間で格差が生じるとか、本来、不条理きわまりない話も、シンプルにお金を支払われることが当たり前の世の中になったらなくなるんじゃないかな?

というわけで、前から気になっていたタイムチケットを発行してみました。

この金額にうしろめたさを感じないサービスを提供します! その努力を全力でする。
気持ちのいいマッサージを受けるくらいの金額が適正だと思うし、それくらいのスッキリ感を提供できるはず。




メールで事前にお困りごとや、改善したい場所、こうなりたいという希望をヒアリングした上で、それぞれに合った片付けの進め方、整理収納計画を提案し、ご自宅に実際に伺うのではなく、SkypやFaceTimeなどで一緒に進めていくというものです。
だれかの役に立てますように。


そして、「逃げ恥」原作の1巻が、電子版だと無料で読めるようです。にわかファンながら最終回が気になりすぎる!

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